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福岡高等裁判所那覇支部 昭和48年(う)59号 判決 1974年5月13日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人野村弘作成名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。

所論は、要するに、昭和四七年五月二三日の被告人の逮捕は、現行犯の要件を具備していないのに現行犯人として逮捕したものであつて違法であり、したがつてその違法な身柄拘束中になされた被告人の供述およびその供述にもとづいて発見された本件麻薬等はいずれも違法収集証拠として証拠能力がないのに、これらの証拠によつて事実を認定した原判決には訴訟手続の法令違反があるというものである。

よつて、所論にかんがみ、まず所論の現行犯逮捕の違法性につき審案するに、原審取調べの関係各証拠および当審における事実取調べの結果を総合するとつぎのような事実が肯認される。すなわち、九州地区麻薬取締官事務所沖繩支所では、情報提供者であるジョン・ジー・ギボデュー(以下「ギボデュー」という。)から、被告人(当時は被疑者)がヘロインを所持しているとの情報を得たので、その情報を資料として被告人の身体捜索差押許可状を得、昭和四七年五月二三日麻薬取締官五名は、米軍捜査官三名とともに沖繩県コザ市に赴き、かねて打合せのとおりギボデューから被告人がヘロインを所持しているとの合図があつたので、麻薬取締官らは、コザ市字胡屋所在のナポリ喫茶店前で、被告人に対する捜索差押許可状を執行し、身体捜索を開始した。麻薬取締官らは、被告人の所持品を取り出して駐車中の自動車の上に置いたが、その際、被告人の所持品の中に黒い財布があつたので、大江取締官は、楠取締官に対してその内部を調べるように命じた。そこで、楠取締官は財布の中を調べたが、麻薬らしい物はみあたらなかつたので、その財布を再び自動車の屋根の上に置いた。すると米軍捜査官リック・ビー・ベチカー(以下「ベチカー」という。)がその財布を手にし、楠取締官に対し、麻薬があるではないかと銀紙一包を財布とともに差し出したが、それは楠取締官がその財布を置いてから十数秒後のことであつて、楠取締官はその銀紙が財布の中にあつたもので、しかも銀紙の中のものはヘロインであると判断し、被告人をその場で、麻薬所持の現行犯人として逮捕した。被告人は、その場ではその銀紙の包は自分のものではない旨の弁解はしなかつたが、麻薬取締官事務所に連行されてから、その銀紙の包が自分のものではないと弁解した。

一方、ギボデューは、それより前被告人から受取つた銀紙に包んだヘロイン一包を昭和四七年五月二三日午後米軍捜査官のマイヤーに渡したところ、マイヤーは、そのヘロインをさらに前記ベチカーに渡した。ベチカーは、その銀紙に包んだヘロインを、被告人の財布を調べた際、前示のとおり楠取締官に対し、財布とともに手渡した。

以上の諸事実によれば、被告人が現行犯人として逮捕されたとき、ヘロインは被告人の右財布には入つていなかつたものといわざるを得ない。

ところで、現行犯逮捕が適法であるための実体的要件としては、被逮捕者が客観的に犯罪を犯していることは必要ではなく、逮捕時における具体的情況にもとづいて右逮捕について警察官(麻薬取締官)として用うべき注意を十分に払つてもなおそれを現行犯と認めることが客観的に正当視されるものであれば足りるものと解するのが相当であるから、逮捕当時被告人が客観的にはヘロインを所持していなかつたことが事後の判断において明らかになつたとしても直ちにその逮捕が違法であるということはできない。

これを本件について検討するに、前示情況のもとでは、麻薬取締官において被告人が右銀紙の包みを所持していたと判断したことも一応これをうなずけないわけではないけれども、被告人の財布を調べた楠取締官は麻薬捜査の専門家ともいうべきものであるところ、同取締官は、大江取締官の指示により財布を調べたが麻薬らしき物はなかつたので、その財布を再び自動車の屋根の上に置いたものであること、銀紙の包みも見てはいないこと、その財布は特に慎重な調査を要するような構造のものではないこと、ベチカーが麻薬があるではないかと差し出したとき、楠取締官はベチカーが銀紙の包みを財布から出すのは見ていないことなどを併せ考えると、当時の四囲の情況を勘案しても専門官としての十分な注意を払つたものとはいえず、令状なしの逮捕が誤りを惹起させない程度に犯罪の嫌疑が明白であるといえるほどの外部的状況があつたとはいまだいうことはできず、したがつて、本件現行犯人逮捕は適法であるということはできないというべきである。

つぎに、右現行犯逮捕による身柄拘束中になされた被告人の供述の証拠能力について審案すると、原審記録によれば、被告人は取締官に対し自由意思で述べたことが明認でき、したがつて、被告人の供述には十分に任意性があるものと認められるので、右供述が違法な身柄拘束中にされたものとして証拠としての許容性がないというべきかどうかについて判断することとする。

思うに、憲法三三条および三四条が基本的人権として何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されないこと、何人も、理由を直らに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されないこと、および何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されることを定め、またこれを承けて刑事訴訟法上に身柄の拘束に関しては、いわゆる令状主義をはじめとする詳細、かつ、厳格な手続的規定が設けられている趣旨にかんがみれば、捜査官が違法な身柄の拘束を意図的に利用したと認められるとき、身柄拘束の要件がないことが一見明白であるときのように身柄の拘束の違法性が著しく、右の憲法およびこれを承けた刑事訴訟法上の規定の精神を全く没却するに至るほどに重大であると認められる場合には、その身柄拘束中の供述がたとえ任意になされたとしても、その供述の証拠としての許容性を否定すべきものと解するのが相当当であるが、その違法が右の程度に至らない瑕疵に止まる場合においては、その供述の証拠としての許容性は違法拘束中になされたことの一事をもつて直ちに否定されるものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前掲各証拠によれば本件現行犯逮捕の際不公正な行為をしたのは麻薬取締官ではなく、米軍捜査官であり、刑事訴訟法上は米軍捜査官は私人と同視されるものであるから日本の捜査官に不公正な行為があつたものとはいえないし、日本の捜査官にとつては、前示のとおり被告人(当時は被疑者)が財布の中にヘロインを所持していたものと判断したこともうなずけないわけではない情況にあつたものということができ、したがつて、当時の情況下では本件逮捕も適法な現行犯逮捕と限界線に立つものであること、被告人は逮捕現場ではそのヘロインが自分の所持にかかるものではないと弁解していないこと、前示楠取締官は被告人が現に罪を行なつていたものであると信じていたことがうかがわれ、本件現行犯人の逮捕の違法性は、右の違法およびこれを承けた刑事訴訟法上の規定の精神を全く没却するに至るほどに重大なものとまではいえないから、本件現行犯逮捕に伴う身柄拘束中になされた被告人の供述は証拠としての許容性を否定されないものというべきである。

そうすると、所論の被告人の供述は証拠能力を有する結果、その供述にもとづいて発見された本件麻薬は適法に収集されたこととなり、したがつて、原判決には所論のような訴訟手続の法令違反の節は存しない。論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条により、これを棄却することとし、なお、当審の訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書に従い、被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(屋宜正一 宮城安理 堀籠幸男)

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